言語とその他たち

言語や音楽、はたまた銭湯について

「知ってるマウント」に疲れてしまったあなたへ〜NY在住ピアニスト・又賀純一郎さんと〜

全国津々浦々の音楽ファンのみなさん、こんにちは。
依然として厳しい情勢が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。 

楽しみにしていたライヴやイベントの相次ぐ中止や延期で、いたたまれない気持ちかと思います。かくいう私も、リスナー・プレイヤーなので、ここ2年ほどは歯痒い日々を過ごしています。

とはいえ、インターネットの発達で、おうちでも多種多様な音楽が気軽に聴けるのがせめてもの救い。

そんな情報で溢れる現代、われわれを困らせる問題があります。

『知ってるマウント』に疲れてしまった……。

「これは周知の事実だよね〜」式のトーンで語られる、うんちくのあれこれ。それに対して「ああ、それね……」と、なんとなく話を合わせてしまう、あの厭な感じ。情報社会が生んだ、情報処理に長けたモンスターたち……。

みなさんにも経験があるかと思います。わたしもよくモヤモヤします。

今回は、海の向こう・ニューヨークからゲストをお迎えして、そんなモヤモヤを解消しようと思います。

お話を伺うのは、ピアニストの又賀純一郎(またが じゅんいちろう)さん。

このコロナ禍にニューヨークでの音楽留学を終え、そのまま現地で活動している、とんでもないお方だ。行動力のモンスターだ。

この数年で溜まりに溜まった音楽に関する「モヤモヤ」を、心ゆくまでオーヴァー・キルしていただこう(又賀さん、すみません……)。

f:id:yuzoprimitive:20210806111751j:plain又賀  純一郎(Junichiro Mataga)
New York在住。6歳からピアノを始め、大学のジャズ研究会でジャズを始める。ジャズピアノを石井彰氏に師事。卒業後は振動音響工学の研究職員として従事する傍ら、ピアニスト、キーボーディストとして活動。2013年には新潟ジャズコンテストにて自身のカルテットで金賞(最高位)を受賞。リーダーバンドでの活動の他、東京都内のBigBand、Shiny Stockingsの一員として目黒Blues Alley Japanや新宿J、銀座NB Clubなどに出演。
2019年に音楽留学のため渡米。New YorkのAaron Copland School of Music にてMaster of Music, Jazz Studies(修士課程)を修了。David Berkman, Jeb Patton各氏らに師事。在学時には優秀な生徒に贈られるMarvin Hamlisch Awardを受賞し、Award Concert ではオーケストラのピアニストとして演奏。同年BrooklynのSoapbox Gallery にて行われたDavid Berkman主催のSolo Piano イベント”Piano Hang”にもピアニストの一人として、David Berkman, Bruce Barth, Sean Wayland と共に演奏。

ジャズって難しすぎない?

ーー今回はよろしくお願いします。早速なんですが、ジャズって難しすぎませんか???

又賀さん:(苦笑)

ーーすみません。かれこれ10年ほどこの音楽とつきあってますが、楽しむためのハードルが異様に高い気がします。「おしゃれだな、自分でもやってみたいな」という動機で始めたのはいいですが、見えない敵が仕掛けた、数多くのトラップにはまり続けている感覚があります。

又賀さん:そうですね。いろいろ要因はあると思いますが、「ジャズはアドリブ」、具体的には「ジャズは即興でなんでも演奏している」というイメージが、その一つではないかと思います。

ーーと、言いますと?

又賀さん:レッスンをしていて、ジャズに初めて触れる生徒からよく言われるんです。「意外と決め事が多いんですね」と。聞く以前に「即興」のイメージが先行してしまっていることが、楽しむことや理解することのハードルになっているような気がします。

ーーなるほど、そこまでフリーダムではないから心配しなくていいぞ、と。人間は手放しの自由が怖い生き物ですものね。

又賀さん:イントロがありメイン・テーマがあり、そのテーマに沿った各楽器のソロがあり、またテーマに戻る……そういった基本的な「決め事」がわかると、楽しむための一歩を踏み出せると思います。

ーー確かに。わたしも以前、デーモン閣下が「ヘヴィ・メタルは様式美だ」と仰っていたのを聞いて、一気に親しみが湧きました。


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「あるポイントに来たら全員がちゃんと(中略)合わせる」のが、様式美とのこと
(『聞く力』著・阿川佐和子 より)

「知ってるマウント」

ーー気持ちのよいリズム、繊細なサウンド、明快かつ複雑なメロディ・ハーモニー……ひとたびそういったジャズの楽しみ方がわかると、こんどは泥沼のような気がします。

又賀さん:泥沼とは?

ーーというのも、泥沼にハマった人の「音楽知ってるマウント」ってきつくないですか?好きなアーティストやアルバムを「初心者はそれから聴き始めるのがいいよね〜」とか「誰もが一度は通る道だよね〜」とか言われて、モヤモヤした経験があるのです(私怨)。もちろん、あちらさんにそんなつもりはないのかもしれませんが……。

又賀さん:私も日本にいる時に、知識によるマウントを感じていました。

ーーおお、又賀さんも。

又賀さん:なので、教則本や理論書を買い漁ってものすごく勉強しました

ーーぐうの音も出ないお答えです。

又賀さん:私の経験として、マウントが起こるのは、その人と一緒に演奏したことがなく、相手のことを知らないからだと思います。

ーーと、言いますと?

又賀さん:あくまでプレイヤー同士の話ですが、その方がどんなことができるか、どんな風に音楽に取り組んでいるか……ひとたび一緒に演奏すると、相手をよく聴いているプレイヤーにはそれが分かります。なので、言葉による知識はそんなに必要ないんです。

ーーなるほど……相手を知ろうとしないから、自分の知識に頼らざるをえないのですね。

又賀さん:ニューヨークで専門的に音楽を学ぶ環境になってからは、そのようなマウントにあまり遭遇しなくなったような気がします。知識があっても作品や演奏に反映されないと意味がない、というのをみんなわかっているので。

ーーめちゃくちゃいい言葉です。マーカーで線引きたい。

又賀さん:逆に知識がなくても、演奏が素晴らしければ申し分ないと思います。

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地下鉄の構内にて。アメリカらしいワンシーンだ

プレイヤーとしての音楽の聴き方

ーーこの情報社会だと、どうしても知識を「量」で捉えようとする傾向が見られますよね。わたしも普段、学生と接していてそう感じます。

又賀さん:量的な知識に偏っている人は、「1曲」のことをよく知っていないように感じます。やみくもに多くを知っていてもなかなか演奏には反映されないので、自分が「これだ!」と感じた曲の最初から最後まで、全部のソロを歌えるまで聴きこむ必要があると思います。

ーーバークリー音楽大学トモ・フジタ氏も、同じことを仰っていたのを思い出しました。リスナーとしてただ「消費する」だけならともかく、プレイヤーとしての音楽の聴き方は意識しなければなりませんね。

又賀さん:私も普段はよく移動中に音楽を聴いていますが、「これだ!」という曲に出会ったときは、ピアノの前に座って全神経を集中させてじっくりと聴きます 

Sonny Clark Trio

Sonny Clark Trio

又賀さんが「最初から最後まで歌える」アルバムのひとつを教えてもらった

作曲にまつわるエトセトラ

ーー自身の演奏や作品が「ただ過去のものをなぞるだけ」になっていないかと不安になることはないでしょうか。わたしはよく不安になります……。

又賀さん:不安は特にないです。大切なのは、過去の作品から得たものを、自分を通してアウトプットすることです。完全な真似はダメですけど、「過去のものをなぞる」の繰り返しが、新しいものを生み出すきっかけになるのではないかと思います

ーーめっっっちゃ元気出ました。

又賀さん:ジャズのいわゆるスタンダード曲を演奏する時も、なるべく原曲や他の素晴らしいミュージシャンたちがアレンジした音源を聴き込んで学びます。そこから、自分独自の解釈やアレンジができるかを考えて演奏をします。

ーー又賀さんが最近リリースされたアルバムにも、スタンダード曲のアレンジありましたよね。あれスゴい良いですね……。

又賀さん:ありがとうございます。在学中に授業の課題として書いたアレンジですが、原曲とはかなりかけ離れてしまいました。でも当時は、なにも苦言はありませんでした。「こんなに思いきったアレンジをしても大丈夫なのか!」と、そのとき気づきを得ました(笑)


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(又賀さんの"I Mean You")


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(原曲。ぜんぜんちがうじゃねーか!)

Life in New York

ーーニューヨークでの暮らしについてお伺いします。そもそもどういうきっかけで渡米に至ったのですか?

又賀さん:大学を出てからは、しばらく仕事をしながら演奏活動をしていました。プロとして活動したいとも思っていたのですが、前から憧れていたジャズの本場・アメリカで音楽を勉強し直したいと思い、どこか音楽が学べるところを探し始めました。そうしてたどり着いたのが、Aaron Copland School of Music でした。

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学校にて

ーーさらっと仰っていますが、決して平易な道ではないですよね。

又賀さん:当時の入学試験では、課題曲をテープに録音して送付したり、対面で実際の演奏を聴いてもらったりなど、色々とステップは多かったですね。とりわけ、面接や書類において、言語にはけっこう苦労しました。

ーーイメージが湧かなくて申し訳ないのですが、大学ではどんなことをするのですか。

又賀さん:座学の授業とパフォーマンスの授業があります。座学はいわゆる講義形式で、理論の勉強が中心でした。他にも、曲を分析したり、メロディにコードをつけたり、いろいろな実践もありました。

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NYで活躍するピアニストたちと

又賀さん:パフォーマンスの授業では、実際に演奏をして、先生方からご教示を受けました。私は特にリズム・グルーヴが弱点だなと感じていたので、凄く鍛えられました。

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アンサンブルの様子

又賀さん: なんでも譜面にするのはやめなさい、聞いてそのまま弾けることも大事」という、当時の先生の言葉をよく覚えています。先ほどの、知識が先行してしまうという話にも通じますね。ニューヨークに行って良かった、と心から思っています。

ーーそして修了後は現地で音楽活動を続け、先日、初となる作品をリリースされましたね。おめでとうございます。

Sketches

Sketches

  • Junichiro Mataga
  • ジャズ
  • ¥1528

又賀さん:ありがとうございます。留学前からずっと自分の作品を作りたいと思っていたので、ついに念願が叶いました。

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レコーディングの様子(又賀さん)

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ベース・山田吉輝さん

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ドラムス・永山洋輔さん

又賀さん:アルバム収録曲のうち、およそ半分は学校の授業を通して制作したものです。レコーディング・メンバーも、卒業リサイタルで一緒に演奏した人たちです。

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Award受賞記念コンサートにて

ーー名刺代わりの1枚、ということですね。今後の目標をお聞かせください。

又賀さん:もちろん、ニューヨークに残って演奏を重ねていきたいですね。ピアニストとして他のミュージシャンからご指名を受けて、数々のライブハウスで演奏したいです。コロナで仕事も減り大変な中ですが、頑張っていきます!

ーー来日の際はぜひ見に行きます!

まとめ

ライヴに行ったり、人と喋ったり、なんならYouTubeでアイドルの動画を見たり……そうやって実はわれわれは「エネルギー補給」をしているのだな、と改めて感じた。

又賀さんのお話や演奏に耳を傾けると、そんなエネルギーが自身に補給されていくのがわかる。(国府弘子さんにお話を伺ったときも、同じことを感じた。)

作品を見たり聴いたり……という、いわば「車体」を強化するインプットも大切だが、自身をドライヴさせるための「ガソリン」も、こうやってインプットしていかなくては。

そう考えると、やはりライヴの中止や延期はキツい……キツすぎる……。


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又賀さんの新作、5曲目”Little Cheers”がわたしのお気に入り。ゲーテも「真の教養とは、再び取り戻された純真さに他ならない」と言っていたが、まさにそんなジャズのプリミティヴなエッセンスを堪能できる一曲だ。

……こういう言い方って「知ってるマウント」になっていないだろうか。くわばらくわばら……。


<以下、個人的な告知>
わたしが作詞・作曲・ギター・歌を担当しているバンド”Four Meals A Day”が、8/9に新作「愛情 / キルト」をリリースします。日々鬱屈している方におすすめです。 

愛情 / キルト - Single

愛情 / キルト - Single

  • Four Meals A Day
  • ロック
  • ¥510


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※2021/9/14 画像の一部を差し替えました。